<Kのつぶやき>ウールに潜在するサステイナブルの可能性【低負荷&動物愛護編】
- 2022年4月2日
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今回は、ウールサステイナブルに於ける低負荷&動物愛護を紹介します。
【低負荷】 通常では資材等に使用されることが多い有色羊毛を原料とし、衣料用に選りすぐりの有色原料を紡績~撚糸~製織することで、染色の際に使用される大量の水、機械を動かすための光熱費、着色染料、定色着させるための薬剤などを軽減することで低負荷の素材が製造されている。古代のウール使用方法に戻った活用法だと言える。
<注目キーワード> ・原色ウール
【動物愛護】 動物福祉への配慮が一般化した昨今、ウールに関連して話題にあがるのが、羊に対する「ミュールシング」です。これは「フライストライク」という病気を予防するために実施される動物福祉の一手段で、羊の臀部の皮膚を外科的に切除する処置です。特に臀部の毛量が多く、アパレル製品向けの高品質な毛を産出するメリノ種の羊に行われてきました。考案者であるオーストラリアの牧羊家ジョン・ミュールズ(John W. H. Mules)の名前に由来し、1930年代の発案後は、牧羊が盛んな世界各国で導入されました。
細く高品質な羊毛を多く採取できるよう品種改良されたメリノ種は、臀部にも多くの毛が生えやすく、この毛に付着した糞尿がハエを呼び寄せてしまいます。このハエが臀部に産卵して孵化した蛆虫(クロバエ科のヒツジキンバエなどの幼虫)は、羊の皮膚や肉を食い進み、羊を苦しめた後に死に至らせます。これが「フライストライク」で、感染後の致死率が80%以上とされる危険な病気です。
このハエの寄生による病気を防ぐために行われるのが、羊の「ミュールシング」です。回復のしやすさを考慮して生後12ヶ月(基本的には生後数週間)以内に、一生に一度だけ実施されます。健康状態を観察した上で定められたガイドラインに従い、仔羊の臀部の皮膚を切り取ることで、この処置以降は臀部に毛が生えず、フライストライクを効果的に防ぐことが可能です。なお現在は処置の前後それぞれで麻酔をすることが一般化しています。
かつてミュールシングは麻酔や動物福祉に配慮したガイドラインなしで行われたため、その処置方法だけが過激に報道され、動物愛護の観点から強い批判を受けました。これを受けてニュージーランドなど多くの産毛国では、気候的にフライストライクの原因となるハエが少ないこと、また飼育される羊の多くが肉羊で仔羊のうちに屠殺されるため、そもそもフライストライクを管理する必要性が小さいことから、徐々にミュールシングが廃止されました。しかしミュールシング無しでフライストライクを防ぐには、防虫剤を必要とする場合もあり、これによる環境への影響、また薬剤耐性のあるハエの出現など、課題も依然として残されています。
こうした国々と比較して、オーストラリアは環境的にクロバエが多く、また国内の羊の75%が長期で飼育されるメリノ種であり、継続的なフライストライク対策が必須であることから、現在でもミュールシングの廃止には至っていません。動物福祉に関連した各種の団体もフライストライクの防止効果を考慮し、オーストラリアでのミュールシング実施を支持している状況です。
なお世界最大の産毛国であり、牧畜業が基幹産業でもあるオーストラリアでは、動物福祉を規定する“動物福祉法(Animal Welfare Laws)”が存在します。これは動物に不必要な苦痛や虐待を与えないことを目的とした法律です。オーストラリアは連邦制の国であるため、動物福祉に関する法律は各州・準州で異なります。最も古いもので1979年にニューサウスウェールズ州で制定された「Prevention of Cruelty to Animals Act 1979」がその代表例です。また1986年に制定されたビクトリア州の「Prevention of Cruelty to Animals Act 1986」など、他の州や準州にもそれぞれ動物福祉法に相当する法律があり、これらの法律は社会・経済の変化を反映して改正され、現代の動物福祉基準に対応しています。加えてオーストラリアの牧羊業者や政府は、動物福祉に関連した研究開発へ長期的に多額の費用を拠出してきました。こうした努力の結果、オーストラリアの動物福祉基準は総合的に極めて高い水準にあり、WOAH(国際獣疫事務局)のレポートでも47項目中38項目で最高の適格性を獲得しています。
一方、PETA(People for the Ethical Treatment of Animals)などの急進的な動物権利保護団体は、動物の経済利用自体を完全に否定する立場からミュールシングに強く反対し、過激なキャンペーンを行っています。動物の権利の啓発という観点では意義が認められるものの、上記の様な動物福祉の観点、また社会・経済の持続可能性に対する現実的な配慮に欠ける点が指摘され、その意図や活動が疑問視されることもあります。
現在、オーストラリアで刈り取られる原毛の75%以上にNWD(National Wool Declaration)という申告書が付随しており、ミュールシングの有無、またどの羊の群れから採取した羊毛であるか、などの状態が書類として提出・管理されています。この申告書の内容は定期的な牧場の監査で確認されており、NWDという仕組みの信用性を担保しています。
オーストラリアはアパレル向け羊毛の最大の供給国であり、年間でおよそ30万トンの原毛を生産しています。そのうちノンミュールシングウールの生産量は継続的に増加した結果、現時点では25%に達しており、供給量としては世界最大となっています。さらにミュールシングされるメリノ種の羊のうち75%以上が麻酔処置されており(2025年5月現在)、この割合は直近の5年で急増しています。こうした背景には、州によって麻酔処置を法制化する動きがあります。
羊の命を守るために考案された「ミュールシング」は、時代の流れと技術の発展に伴ってアップデートされており、他方ではより動物福祉に配慮した代替案の研究・開発も進んでいます。とは言えハエを含む生態系全体への配慮も必要とされるため、代替案の開発も容易ではありません。ミュールシング以上に効果的かつ簡便なフライストライク対策を実現するため、現在でも複数の研究開発プロジェクトが並行して進められています。また、動物の権利、牧場経営、そしてそれを取り巻く自然環境に対し、アパレル向けウールの最大国であるオーストラリアは、持続可能な羊毛生産の環境維持・改善を日々行っています。
<注目キーワード> ・ミュールジング ・ノンミュールジング・ウール
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~《各編での全ての参考文献》・Wikipedia HP・環境省 HP・コトバンク HP・化粧品原料事典 HP・ザ・ウールマーク・カンパニー HP・鈴憲毛織(株)HP・繊維学会誌 第75巻 第10号・(株)トーア紡コーポレーション HP・ヤンマーホールディングス(株) HP~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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